店主よもやま話 雑感 三月

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4月21日

 チタンフレームとニコンのレンズで¥70,000だった〈シルエット〉の眼鏡や貯めっぱなしで¥5,000相当のポイントカード四枚などが戻らなかったので、安いチリワインで一杯…と、そこへ保土ヶ谷の不動産屋から、お湯が出なくなった「西横浜の〈給湯器〉の件」で連絡が入り、交換と天井裏の配管工事一式に給湯器裏の壁紙の補修で、「¥297,000」と。
 横浜にいれば、「もっと安い機種は?」と交渉可能だが、引っ越し以来不動産屋に任せっぱなしだし、借主に迷惑はかけられない。
 通訳介助の送迎に必要な車は、駐車場が裏から表の一階へ移ったものの、屋内への変更もまだだし…やっぱり延期するか?

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4月20日

 あらかじめ連絡しておいた「豊見城警察署生活科」まで、楚辺南→古波蔵→那覇大橋→山下交差点→小禄→赤嶺→瀬長島交差点→警察署まで、5.5kmを六分ペースの三十三分四十五秒で。
「おお、五日ぶりのご対面じゃ」と窓口で、受け取り書類に押印したところへ、先日の警察官三人がやってきて別室へ…盗品が戻ったので、「写真撮影・指紋の採取を」と。
 そこへ鑑識課の刑事もやってきて、「新人に証拠品の指紋採取などをやらせてほしい」と、携帯電話は〈アルミパウダー〉で、両手の指や手のひらも〈指紋押印用インク〉で真っ黒になったが、「掌紋は手の甲の真ん中をグッと押さえないと」…と、くだんの刑事が「かなり詳しいですねぇ」
 そりゃ、沖縄へ来る祭に経験済みだし、神奈川県警保土ヶ谷署のデカ長と昵懇だったわけで、「…検察に送検されてたら、ここにはいなかったかも?」と顛末をザッと話したところ、刑事には思いのほかウケたが、「放棄承諾書」「科捜研」「解体証明書」など、新米巡査くんにはヤックン系の人間か潜入捜査官と思われたかも?
 ちなみに携帯電話は山下町の路上で見つかり、拾得物として交番に届けられ、念のため電話会社に確認したところ〈盗品〉であることが判明…らしいのだが、ともあれ「データ」だけでも戻ったわけだから、良しとするか♪

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4月19日

 トヒョヒョ…〈絵に描いた餅〉ならぬ、〈描きかけのぬか喜び〉じゃ!
 さすがに「祝杯は早かろう」と自粛し、謙虚に豊見城警察署からの便りを待ちつつも、「金以外は、メガネやカギなども戻ってきたりして」と妄想は膨らんだりするわけだ。
 で、水曜日の手話サークルの冒頭に「…というわけで、皆さんも泥棒に気を付けましょう」と、余裕をかましながら長めの手話の挨拶をし、敬虔なクリスチャンのNK女史などから「視覚障害者や盲老者の介助などで頑張ってるから、神様も見てくださってるのよ」と。
 そして午後三時からOHさんの伴走後、自宅の郵便箱に届いていた〈auからの重要書類〉に「au電話機等 拾得のご連絡」とあり、〈沖縄県豊見城警察署会計課〉と〈遺失物センター〉の文字で…つまり、見つかったのは「携帯電話だけ」というわけか。
 登録した電話番号や写真のデータは金に換えられないから、「せめてそれだけでも」と言いはしたものの…う、うーん。神様は「いったいどこを見てらっしゃったのかなぁ?」

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4月17日

 月曜日の午後三時半過ぎに、auショップの代替の携帯電話に着信があった。
 電話は警察へ通報した際に、代わりに伝えたTK氏からだった…なに? 携帯電話が見つかり、受け取り手続きに関して書類を自宅に送ったって、マジ!?
 とりあえず眼鏡は、以前使っていたシルエットのやつで間に合わせ、午前中に琉銀でカードの再発行手続きも済ませたが、ぬか喜びはできんが、これは奇跡ではなかろうか?
 まずは書類を待って、おそらく豊見城警察署へ行くことになると思うが…こりゃ、祝杯をあげるしかないかも♪

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4月16日

 急きょ琉銀の口座を止め、不動産屋に連絡し、「発注後、本土から届くまで二週間から一ヵ月…」の鍵を預かる際に、ザッと息子にあらましを話したところ…「親父にとっては災難だったけど、目が悪い人の荷物じゃなくてよかったと思う」と。
 手話サークルの二年目の会長を引き受けた祭に、「盲ろう者に薦められて、引き受けたのはよかったと思う」と涙を流した息子に言われ、返す言葉などない。
 正月の三日に、OHさんの伴走で〈荷物番〉を引き受け、帰りしなにKD氏やAY子さんとも会ったから、躊躇することなく言えたのかも…まぁ、いい。まずは日曜日の通訳介助じゃ♪

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4月15日

 トホホ…やられた!!
 日曜日は通訳介助の依頼があるため、土曜日のOH氏の朝ラン伴走で、2kmコースを四周・8kmを八分三十秒ペースで。
 八人が休憩や給水で立ち寄ったはずだが、終了後小生のポシェットだけが見当たらなかった。
 公園事務局の担当に話しても埒が明かず、山下交差点の交番は留守で、急きょTK氏の携帯で110番通報…間もなくやってきたパトカーに三人の警察官で、〈被害届け〉の内容は「携帯電話、眼鏡、マンションの鍵、一万円札と小銭、琉銀のマネーカード、サンエー・かねひで・マックスバリュ・Aプライスのポイントカード」など。
 イレギュラーのランで、いつものメンバーと一緒だから気が緩んだかも…で、〈盗難事件受理番号表〉を手に、¥壷川auで代替機などの手続きを済ませたが、あくまでも個人的とはいえ「遺体遺棄容疑で捕まった保護者会長の事件に次ぐ腹立たしさ」である。
 どうせ役に立たないんだから、眼鏡と携帯電話のデータと、ついでに入手まで二週間から一か月かかるマンションの鍵を返さんかい!

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4月13日

 手話サークルの後、午後二時半からOHさんの伴走で、奥武山公園の2kmコースを八分半から七分十五秒ペースまで上げながら10km。
〈伊江島マラソン〉の10kmは「一時間二十二分かかった」らしいが、望みどおり「七十代で何とかハーフを」の練習に切り替えていきましょう。
 終了後、「また日曜日に…」と言われ、すでに通訳介助の以来が入っていたので、次回は来週の水曜日…いや、土曜日の早朝ランならアリかも?

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4月12日
 
 総会まで二週間になった、水曜日の手話サークルで学習・会計・書記の班決めに、役員七名、副会長二名を選任し、最後に「自薦・他薦を問わず、会長候補を…」と話しだしたところで、盲ろう者のNMさんが挙手し、「一年間頑張ってもらったので、もったいないからもう一年…」て、マジ!?
 間髪入れずに、参加者全員が拍手で…二か月前から会長交代を宣言しつつ、画策してきたにもかかわらず、一瞬にして二年目の継続が決まった。
 う、うーん。他の健聴者などからの意見なら、「それなら、あなたがどうぞ。司会やあれこれで、思いのほか手話が上達するかも…」とキッパリ言い返せたのだが…しょうがない、失うものがあるわけでなし♪

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4月10日

 三月二十六日(日)の伴ネット練習会で、六年ぶりに参加したKY氏の伴走を依頼され、漫湖公園で七分から八分ペースで、およそ5km以来…手話サークルの総会準備や通訳介助依頼、OHさんの伴走ほか。さらに、この数日は静岡からやってきた「三年G組のクラス会七名」の案内や晩飯、三線ライブのハシゴなど。
 下書きはしたものの、FBや〈よもやま話〉にアップする余裕もなかったが…日曜日に五名、そして月曜日に二名が無事に離沖し、とりあえず肩の荷が下ろせた。 
 ベタで付き合ってばかりでは、旅の思い出が薄まるだろうと気を遣いつつ、土産として「四十八包入りのさんぴん茶(ジャスミンティー)と、炊き込みご飯のジューシーの素」を、それぞれ頭数分用意して持ち帰らせた。
 沖縄在住の身としては、なかなか気の利いた選択だと、勝手に思っているのだが…♪
 
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3月27日

 家族の誕生日のため、牧志にある某ホテルのスカイラウンジで「ランチ・バイキング」を予約。
 カニの食べ放題がオプションで、泡盛飲み放題、予約代は別途だが、十二時から二時半まで…「よっしゃ、モトをとるぞ!」と、あれこれとつまみながら松葉ガニの半身を三皿半で「うーん、やっぱり飽きるよなぁ」で、泡盛も猪口に三杯で「昼間から、何杯も飲めんわい」と。
 数年前、房総半島のホテルでも「茹でたカニより、炭火焼きのエビのほうが美味い!」と…食べなけりゃ太れないとはいえ、先日の飲み放題。食べ放題の打ち上げ同様、体質的に不向きかもなぁ♪

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3月23日

 那覇図書館で二冊の延長ついでに〈優しい手話〉を返却し、新たに〈手話ボランティア入門〉を借り直した。
〈すぐに使える手話辞典6000〉や〈私たちの手話辞典〉は必要に応じて開くが、表現のバリエーションなど、手話技術の上達には限界があるのだ。
 それはつまり、「基本的なことをしっかりと身につけ、それを使いこなすことが重要」ということでもある…うーん、マラソン同様に、近道などなく、コツコツと一つずつということなんだろうなぁ♪

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3月21日

〈与論マラソン〉から帰沖後、風邪をこじらせて〈なんぶトリムマラソン〉にドクターストップがかかったOHさん。
 手話サークルのあと、臨時役員会で〈総会〉の打ち合わせ中に「午後三時から伴走を…」と連絡が入った。そして奥武山公園の2kmコースを三周、6kmを五十二分五十八秒で給水、さらにラスト一周・2kmを8分ペースで、「2、3km走れるかどうかと思っていたから、8km走れてなにより♪」と。

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3月20日

〈なんぶトリムマラソン〉終了後…伴走グループ創立20周年の群馬、同10年の伴ネット八重山支部ほか、埼玉や東京など、およそ七十名の懇親会で盛り上がった。
 そこで、あらためて「ロープランナーが、盲ろう者が、伴走ランナーが…」と、最後まで前方のランナーに声をかけなかった代わりに、「ランナーいるから左へ!」などと、SK氏に伝わるまで叫び続けたわけだが、視覚障がい者の伴走で背後から声をかけても伝わらない〈イヤホン・ランナー〉が増えても…ロープランナーを〈安心・安全〉を心掛けて走り続けるのが「使命」なのだ…と。

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3月19日

 雨の〈なんぶトリムマラソン〉で、最初の5kmはまずまずのペースだったが、10km地点の〈ひめゆりの塔〉あたりからかなり落ち、糸満ロータリーを過ぎてからのラスト5kmはかなり復調し、フィニッシュタイムは「二時間三十七分十一秒」。ロープを引っ張りまくったせいで、左腕はパンパン、親指の付け根が赤く腫れあがっていた。
 目標の申告タイムとはかなりの差だったが、終了後SK氏が「ほかの伴走車だとコミュニケーションが取れないので、NAHAマラソンなどもお願いしたい」と。
 ロープランナーと伴走者を決めるのは会長の専権事項だから即断即決というわけにはいかないが、手話であれ音声であれ、ハーフやフルマラソンを走れる通訳介助は数えるほどだろうから仕方がない。
 ともあれ、まずは無事に完走できたことがなによりである…♪

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3月18日

 某自動車メーカーの「商談会」が、土、日にセルラーパークで…新聞広告を見て、「そういえば、ボチボチ転勤かも?」と、楚辺南→古波蔵→壺川→奥武山公園→会場まで2.5kmを、十四分二十二秒で。
 スタッフに声をかけ、豊崎で会って以来のKD氏と「なるほど、四月二日から熊本へ移動ね」…社長業も忙しいだろうけど、ときどき沖縄にもきてね♪と。

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3月17日

 録画予約したブラッド・ピットの〈マネー・ボール〉のため、パラリンピックの際に録画した〈みんなで応援!Rio2016〉を観ることにした。
 V6のミヤケ・ケンの上達ぶりに呆気にとられ、〈みんなの手話〉のキダ・ミドリの切れ味の良さ、解説のイタハナ・エイジやハヤセ・ケンタロウの上手さに、「十年でも無理かもなぁ?」
 覚えた単語を並べるだけではなく、文法・動き・表情など、言語としての手話を理解しない限り、クリアできそうにないが、どうせなら和製マイケル・ジャクソン「ミウラ・ダイチ」のような手話パフォーマーを目指そうか…走るのは、限界が近そうだし♪

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3月15日

 手話の勉強会は十一時半までで、総会の準備で〈書記・会計・学習〉班に分けたが、「第三水曜で〈手話推進の日〉ですから、できるだけ手話を使って…」と手話で伝え、墓穴を掘ってしまった。
 終了後に、「会長さんが写ってましたから」と、撮影した新報の紙面を拡大されたのだが…枯れ木も山の賑わいだから、みんなに回覧せんでもいいいべ?
 三時からの伴走は、OHさんが風邪をこじらせて中止。そこで、楚辺南→古波蔵→漫湖公園。そしてとよみ大橋→爬龍橋往復→真玉橋→漫湖公園の直線コース、5kmを二十八分。さらに那覇大橋→奥武山公園→7km地点で、AY子さんと合流して10kmの北明治橋まで伴走し、壺川のマックスバリュまで計11kmを、一時間六分二十三秒で。
 そこで、たまたま会った知人から「新聞に出てましたよね」と…うーん、ますます悪さはできんなぁ。

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3月14日

 水曜日の手話サークル後、OH氏の体調次第で伴走予定だが…SK氏の〈なんぶトリムマラソン〉の目標は「一時間五十五分」である。
 タイム的には問題なしのはずだが、何が本番で起こるかわからない…というわけで、楚辺南→古波蔵→那覇郵便局で〈報告書〉を郵送し、壷川→明治橋→鏡水→安次嶺→赤嶺→小禄のイオン那覇店まで、五分三、四十秒ペースで、6km弱を三十三分ちょうど。
「さすがにスーツと短パンだけではまずかろう」と、ユニクロへ寄ったが…スリムなジーンズとVネックの下着を買い、帰宅後に包装を解いてから気が付いたのだが、「あっちゃ、長袖をいつ着るというんじゃい!

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3月12日

 詳細は省かざるを得ないが、指文字(日本語の五十音を表現)が基本で、手話と音声が少々…の通訳介助は、とりあえず無事に終了した。
 初対面で「こういう人もいるのか!」、いや、「知らなかっただけで、こういう人もいるはず」と、気持ちをあらたにしながらの三時間半だったが…パートナーのMKS女史の対応を注視しながら、「通訳介助員としてのフットワークと、責任の重さ」を痛感した次第、まだまだ…だよなぁ。

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3月11日

 おいおい。ハーフだというのに。タダの間違いだよな!?
 伴ネット会長から連絡があり、来週の「〈なんぶトリムマラソン〉の駐車券をIS氏に」という依頼で…念のため郵便箱を確認したところ、〈ナンバーカード通知書〉の葉書が一枚だけ入っていた。
 が、申告タイム「1:00:00」と印字され…おいおい、いくらなんでも現役のトップアスリートや青山学院じゃないんだから、逆立ちしたって無理だべ!
 夜になってSK氏に確認したところ、「1::55:00」というから、そのつもりで走り込んできたわけで…日曜日の試走会で、事務局の人間に直訴しておくとしよう。伴走者に関係ないとはいえ、ロープランナー本人の張り合いがなくなるだろうし…♪

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3月10日

通訳介助講習を受けた際に購入した『盲ろう者への通訳・介助』に、初対面の際に「名前だけでなく、性別を含め、簡単な自己紹介をしましょう。盲ろう者には声や外見で相手についての印象などの情報法を自力で得ることがまったくできないか、あるいは部分的にしかできないからです」とあった。
「声をかけられなければ、いないことと同じ」と、視覚障がい者のSKGさんが言っていたが…広告商売の様に、「ええい、ままよ。当たって砕けろじゃ!」などと気合で何とかなるものではない。
〈手話番組〉の録画を観ながら、「覚えるより、忘れすほうが早いかもなぁ?」と思いつつ、日曜日の国際通り散策が、依頼者にとって有意義で楽しい時間になれば…と♪

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3月9日

 手話サークル終了後の〈役員会〉は、総会の準備と次期役員体制に関して、「会長がいつまでも手話初心者じゃ、さすがにマズイと思うわけで…」ときりだすなり、「私は五カ月でやらされました!」と、会計担当のSMさん…って、マジっ!?
 講師で学習班のKMさんは、「カンケイナイワ」と手話で表現しながら、どこ吹く風…いや、かなり大事なことだと思うんだが…水曜日はOHさんの伴走があり、昼食も一緒に同席できないわけで、うーん。

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3月7日

 日曜日の予習で「挨拶・趣味など」のシュミレーションをしながら、楚辺南→協同病院→漫湖公園直線の2.5kmを十三分五十六秒。とよみ大橋→爬龍橋往復→真玉橋→漫湖公園の5kmを五分三十六秒ペース、そして壺川のマックスバリュまで計8.5km弱を四十九分二十八秒で。
 そこで、まずは「通訳介助のパートナーと相談しながら」と…依頼者は買い物や散歩を楽しみたいわけで、小生のことを知りたいわけではなかろう。なによりも先にタマを打ち尽くしてしまうと、使える手話の単語は知れてるわけだから、話すことがなくなってしまう。
 それよりも国際通りの様子や昼食などの際に、伝えなければならないことがヤマほどあるのだから…♪

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3月6日

 月曜日に〈依頼書〉が送信され、通訳介助方法は「指文字・手話・音声」とあり。
 ゲゲッ、手話サークルの会長とはいえ、わずか二年かそこらの初心者でしかない…「大丈夫かねぇ、その程度の人間に依頼して?」と思っちまうのだが。
 それよりなにより、資格取得後の昨年に比べ、どんどんハードルが高くなってるような…気のせいかなぁ?

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3月5日

 伴走のぺーパー講習後、三班に分かれ、MY女史と九人のグループの実技講習を。
 伴走経験者とビギナーが二人一組になり、アイマスクを交代で着用しながら基本的な誘導、階段、ベンチや椅子、トイレ、ロープ・パイロンなどの障害物ほか、「伴走のいろは」を。
 KJ氏などから「丁寧でわかりやすい」と言われたが、福祉センターの講習などで「誰のための通訳介助ですか!」とやられたから、それなりに要点は心得ておる…♪

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3月4日

 土曜日から月曜まで、KD氏やOHさんなどは〈与論マラソン〉遠征だが、三月十九日の〈なんぶトリムマラソン〉で、SK氏からハーフの伴走を依頼されているため、ピン走りで楚辺→古波蔵→漫湖公園まで1kmを六分十五秒、とよみ大橋→爬龍橋往復→真玉橋→漫湖公園の直線5kmコースを五分二十秒ちょいペース、計6kmを三十二分五十三秒で。
 日曜日は、同マラソンの「伴走講習会」だから、講師役の一人として、伴走に関して伝えなければならない。若手で力のある人間に、ドンドン出てきてもらわなければ…♪

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3月3日

 三月十二日(日)は、午前八時から〈なんぶトリムマラソン〉の試走会だが、「国際通りの散策などの通訳介助依頼」が入ったので、こちらを優先するしかない。
 昨年は役員会や総会、観劇、講演会のほかは、大半がマラソンや駅伝、障がい者スポーツ大会などだったから、「体育会系専門の通訳介助じゃ」と、わずかながら自虐的な思いもなくはかったが…前回といい、初めての〈通訳介助方法〉だと緊張感が半端じゃないんだが…できるだけのことを、一所懸命やるしかない!

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3月2日

 これまでの実績ゆえか〈東京マラソン〉の運営やボランティアのレベルは、他のマラソン大会に比べ、比較にならないほどしっかりしたものだった。 
 で、スタートブロックの「G」に並んだ際は暑いくらいで、スタート同時に〈ポンチョ〉を脱ぎ捨て、2kmあたりで太腿・腰・肩に貼った〈ホカロン〉を処分し、ハーフを過ぎたところで脱いだトレーナーの袖を首に巻き付けたのだが… 帰沖後の木曜日、用足しついでに楚辺→泉崎→県庁前→開南→太平通りまで2.5kmほど走ったが、曇天ぎみで風があるとはいえ、最低気温14、5℃の那覇で「東京よりも寒いんじゃないか?」と感じたのは…気のせいか?

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店主よもやま話 雑感 三月
# by mitsu-akiw | 2017-03-21 13:55 | 店主よもやま話 | Comments(0)